年金の給付水準を毎年少しずつ下げていく「マクロ経済スライド」が、今年4月に初めて実施される。将来世代の年金を確保するための仕組みだが、いまの高齢者には「痛み」となる。物価や賃金の伸びに年金が追いつかず、実質的に目減りしていく・・・・・。そんな「年金抑制時代」が始まる。
厚生労働省が発表した4月分(支給は6月)からの年金額は、0.9%増だった。物価・賃金に合わせた増額だが、増額幅は「マクロ経済スライド」などで抑えられた。国民年金を満額(月額6万4,400円)受け取る人の場合、年金額は608円増える。しかし物価・賃金の上昇にあわせれば、増額分は約1,500円。マクロ経済スライドなどで引き上げ幅は約900円圧縮された計算だ。
「マクロ経済スライド」は、急速な少子高齢化のなかで年金制度を維持するための仕組みだ。いまの制度は、現役世代が支払ったお金(保険料)を、その時の高齢者の年金に回す「仕送り方式」。保険料を払う現役世代が減り、年金をもらう高齢者が増え続ければ、財政はパンクする。
かつては最初に給付水準を決め、それに見合うよう保険料を上げた。ただ少子高齢化が進むと保険料負担が過重になる。2004年に約13.6%だった厚生年金の保険料率(収入に占める保険料の割合、労使折半)は、将来25.9%まで引き上げざるをえなくなる見通しとなった。
このため2004年に負担と給付の仕組みを改めた。まず負担する保険料の上限を決めた。2017年度まで毎年度引き上げ、厚生年金では18.3%を上限に固定。こうしてあらかじめ決めた保険料収入の範囲で、高齢者の年金額を賄うことにした。
そして、この収入の範囲で将来世代との公平性を高めるため、いまの高齢者に支払う年金額を抑える策が「マクロ経済スライド」だ。働き手の減少と平均余命の伸びに応じ、毎年度少しずつ給付水準を下げていく。年金財政の収支が均衡するまで減額は続く。
「マクロ経済スライド」の初実施について塩崎恭久厚労相は30日、「世代間の助け合いが持続可能になるように導入され、今回ようやくスタートする」と話した。
2004年に導入されてから一度も実施されなかったのはなぜか。理由はデフレだった。物価が下がるデフレ時には実施しない決まりがある。
物価や賃金が下がると、連動して年金は減額される。これに加えて「マクロ経済スライド」を実施すると、高齢者には二重の減額となる。負担感が重すぎるという判断だった。しかし今回は消費者物価指数も賃金も2%以上、上昇し、減額調整を実施する条件がようやく整った。2004年の制度改正を担当した財務官僚OBは「ここまでデフレが続くとは想定していなかった」と話す。
過去の物価下落時に年金額を据え置いた「払いすぎ」の状態(特例水準)を解消してから、との条件もあった。政府は、物価上昇時に年金額をそのままにして解消しようとしたが、デフレで実現しなかった。2013~15年度に段階的に解消すると決め、この4月にようやく本来の水準に戻る。
ただ、「マクロ経済スライド」の実施が遅れた影響は大きい。一言で言うと、いまの高齢世代が受け取る年金が高止まりし、将来世代への財源が減った。結果、年金抑制を続けねばならない期間が延びたことになった。
2004年時点の想定では、2023年度まで約20年間抑制を続ければ収支のバランスがとれ、給付水準の低下を食い止められるはずだった。だが昨年6月に厚労省が新たに示した見通しでは、経済成長を見込んでも、2040年代半ばまで約30年間も抑制を続けなければならない状況だ。
将来世代への影響は、低所得者も多い国民年金(基礎年金)が特に深刻だ。基礎年金だけで暮らす夫婦の場合、現役世代の手取り収入に対する年金の給付水準(所得代替率)は、いま37%。「マクロ経済スライド」が早期に実施されたなら、給付水準の低下は28%で下げ止まるはずだった。これが26%まで低下する見通しとなっている。
厚労省は「マクロ経済スライド」をデフレ時にも実施できるよう、制度を見直す方向のようだ。今のルールでは、再びデフレになると年金抑制ができなくなるからだ。社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会は報告書で「将来世代の給付水準を確保する観点から、(減額調整が)極力先送りされないよう工夫することが重要」と指摘した。
厚生労働省は、2015年度の公的年金の受取額を発表した。年金の伸びを賃金や物価の伸びより抑える「マクロ経済スライド」を初めて実施するため、年金額の伸びを2014年度比0.9%増に留まった。年金制度の持続性を高める狙いのためだという。
夫が平均的収入(賞与含む月額換算42.8万円)で40年間働き、妻が専業主婦のモデル世帯の厚生年金額は、22万1,507円(2014年度21万9,066円)で2,441円増える。自営業者や非正規社員らの国民年金の場合は、満額が6万5,008円(同6万4,400円)で608円増える。満額を受け取れるのは40年間保険料を払い続けた人で、未納期間があると年金額は減る。厚生年金も国民年金も4月分は6月に銀行口座などに振り込まれ、受け取ることができる。
ただ、厚生年金を受け取るモデル世帯の場合、「マクロ経済スライド」の実施やもらいすぎ解消がなければ、22万5,304円を受け取れるはずだった。「マクロ経済スライド」で2,441円、過去のもらいすぎ解消(特例解消)で1,356円が引かれた計算になる。
なお、1カ月の満額の国民年金(2014年度6万4,400円)は6万5,008円、標準専業主婦世帯の厚生年金(同21万9,066円、妻の基礎年金も含む)は22万1,507円となる。
厚生労働省はスライドを2043年度ごろまで続け、厚生年金を今より2割、国民年金を3割削減する方針のようだが、抜本的な改革をしないと、特に金額の少ない国民年金だけの人は、生活保護世帯になる方がよく、今後は今より急増していきそうだ。