肺がんで亡くなる人は、年間7万4,378人(厚生労働省2015年人口動態統計)。患者数、死亡数ともに多いのが特徴だ。一方で、続々と新薬が開発されて生存期間が延びるなど、治療面では明るい兆しもある。どのような治療でどれほど治療成績が伸びたのか、期待の新薬の効果はどうなのか、順天堂大学医学部附属順天堂医院副院長・呼吸器内科学教授の高橋和久氏に聞いた。
図1 肺がん死亡率は、男性1位、女性2位で年々増えている
肺がんの死亡率は、男性1位、女性2位と高い割合です(図1)。肺がんの死亡率(人口10万人当たりの死亡数)が高い理由の1つは、早期発見が難しいことです。初診患者の中で手術できる人は30~40%に過ぎず、半数以上は手術できない進行がんの段階で発見されます。
肺がんは、がん細胞の組織型の特徴から、小細胞がんとそれ以外のがん(非小細胞がん)に大きく分けられます。非小細胞がんには、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんの3種類があります。これら4種類の肺がんには、症状が出にくいものと出やすいものがあります(図2)。扁平上皮がんと小細胞がんは喫煙者に多く、煙の影響を受けやすい肺の入口にできます。咳、息切れ、血痰などの症状が早くから出るので、受診につながりやすいがんです。
一方、大細胞がんや、肺がんの約半数を占める腺がんは非喫煙者の割合が高く、できる場所は肺の奥です。早期から自覚症状があるのはまれで、かなり進行してから出ます。そのため、発見が遅れるのが難点です。
図2 肺がんの種類と特徴
肺がんの原因といえば喫煙だと思っていたのですが、なぜ喫煙と関連の薄い腺がんが50%余りを占めています。これは肺がんが、どのようにしてがん細胞が生まれるのか、喫煙以外の原因は何か、受動喫煙の影響はあるのか、女性ホルモンが関与しているのかなど、さまざまな研究があります。現状では確固たるエビデンスがなく、多くの原因が複雑に関連していると考えられています。
一つ言えるのは、喫煙率の低下に伴い、喫煙者に多い扁平上皮がんが大幅に減少しているということです。数十年前、男性に最も多いのは扁平上皮がんでしたが、現在は男女問わず腺がんが最多です。腺がんが増えたというより、扁平上皮がんと小細胞がんが減ったために相対的に腺がんの比率が増えていると解釈した方がよいでしょう。
もう一つの理由は、健康診断の充実です。人間ドックのオプションに胸部CT検査が加わり、昔と比べて自覚症状のない腺がんが見つかりやすくなりました。このことも、腺がんの増加に影響しています。腺がんそのものが増えたというより、以前よりも発見される数が増えているのです。
自治体の肺がん検診では、通常は胸部X線検査を行います。40歳以上でハイリスクの人の場合、つまりブリンクマン指数(*1)が400~600以上なら、胸部X線検査に加えて喀痰細胞診(*2)を行います。
しかし、胸部X線検査では、ごく早期の淡いすりガラス状に見える腺がんを見つけることはほぼ不可能です。胸部X線写真で目で見える頃には進行していることが多く、喀痰細胞診を加えても、早期に発見することは難しいのが現状です。ごく初期の腺がんを早期発見するには、やはりCT検査が必要です。
かといって、頻繁にCT検査を受けると、放射線被曝が問題になるので、最近は低線量CTを導入する施設が増えています。ただ、CTは感度が高い(=見落としが少ない)のですが、がんではないものまで拾い上げてしまうのが厄介なところです。がんだと疑われてもそのうち約20%は偽陽性で、がんではないのです。そのため、胸部X線検査と喀痰細胞診をなくして、すべて低線量CTに置き換えるべき、とも言いきれません。
*1:1日の喫煙本数×喫煙年数であらわす指数。1日20本のタバコを30年吸い続けた場合、20本×30年=600となる。
*2:採取した痰を顕微鏡で観察し、細菌やがん細胞の有無を調べる検査。
肺がん治療は、がんのタイプや病期によって異なります(図3)。非小細胞肺がんは、IIIAの途中までは手術で切除するのが基本です。がんが3cm以下でリンパ節転移のない初期(IA)であれば、手術単独で5年生存率が90%なので、手術だけとする場合もあります。でも、がんが3cmを超え、肺近くのリンパ節や縦隔(*3)への転移があるII~III期になると、手術だけでは不十分です。再発リスクを減らすために、抗がん剤による術後化学療法を併用するのが一般的です。IIIAの後半~IIIBで、手術でがんを取りきれない場合は、手術は行わず、放射線療法と化学療法を併用します。
IV期になると、脳や骨、副腎、肝臓、もう一方の肺などに転移していますが、この段階の治療は、近年大きく進歩しています。最近脚光を浴びている分子標的薬や免疫療法です。
図3 肺がんのスタンダードな治療方針
組織型別・臨床病期別にみた、TNM分類改訂(2010年1月)後の治療方針(出典:がん治療認定医教育セミナーテキスト第10版〔日本がん治療認定医機構教育委員会編、2016年〕p.158、一部改変)
図4は、IV期の非小細胞肺がんの患者さんの生存曲線です。治療開始からの生存期間の中央値は、1993~95年は8.2カ月という短さでした。それが現在では24カ月を超え、約3倍にも延びています。この生存期間の延長に大きく貢献したのは2000年代に登場した分子標的薬です。
図4 進行非小細胞肺がんの治療成績の変化
非小細胞肺がんのIV期の初回治療例における生存期間と中央値(2010年以前の数字は国立がん研究センター中央病院呼吸器内科大江裕一郎氏、2010年以降は順天堂大学附属順天堂医院呼吸器内科のデータによる)。
分子標的薬は、がん細胞が分裂するスイッチをピンポイントでブロックしたり、スイッチを入りにくくする薬です。腺がん患者の半数はEGFR(上皮増殖因子受容体)というタンパク質の遺伝子に変異があり、その人たちを対象とするEGFR阻害剤がよく使われます(*4)。ゲフィチニブ(商品名イレッサ)、エルロチ二ブ(タルセバ)、アファチニブ(ジオトリフ)の3つが主流です。薬をやめると再発するため根治は困難ですが、高い効果が得られます。抗がん剤が効かず寝たきりだった人が、イレッサ服用1カ月でがんが消え、歩けるようになったという例があるほどです。
ただし、分子標的薬が使えるのは非小細胞肺がんだけで、小細胞がんには使えません。さらに、標的とする遺伝子変異がない人には効かないという問題もあります。
*3 左右の肺と胸椎、胸骨に囲まれた部分。心臓、気管、食道、大血管などが存在する。
*4 EGFR遺伝子のほかにも、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、RET融合遺伝子など、さまざまな遺伝子異常があり、治療薬が開発されている。
手術、化学療法、分子標的薬に続く免疫療法が注目されています。ニボルマブが肺がんに保険適用されて1年、高額の薬価も2017年2月から半分になることが決まり、何かと話題です。
免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(商品名オプジーボ)は、従来の抗がん剤よりさらに生存期間を延ばせる薬です。がん細胞は、体にもともと備わっている免疫機能の攻撃を受けないように、表面にPD-L1というタンパク質を作り出すことがあります。このPD-L1は、がん細胞を攻撃するリンパ球の表面のPD-1と結合して、リンパ球ががんを攻撃するのを止めるようシグナルを伝えます。オプジーボは、がん細胞よりも先にリンパ球のPD-1と結合することで、PD-1とPD-L1が結合するのを妨ぐ薬です。これによって、リンパ球ががんを攻撃できるようにサポートするのです。
オプジーボは、手術では取り切れない非小細胞肺がんがあり、さらに初回治療として他の抗がん剤を使っても進行や再発が見られる患者さんへの2次治療として使われます。肺がんと診断されたばかりの患者さんに対しては、治験(薬事承認を目的とした臨床試験)が行われていないため、現状では使用できません。
オプジーボの問題は、使用が認められている患者さんの中でも、効果が期待できる人が約20%にすぎないことです。もともとがん細胞にPD-L1が発現しない、あるいは発現が少ない人に使っても効果がないからです。ところが、薬が効く人・効かない人がいることは承認後に判明したため、現状では患者さんのPD-L1発現の有無に関する使用制限がありません。高額な薬であるだけに、効果のある人のみに大事に使うよう、なんらかの制限をかけてほしいと思っています。
今後も新薬が続々登場すると思いますが、中でも期待できる薬としては、2016年12月19日、オプジーボに続く免疫チェックポイント阻害剤のペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)が、PD-L1陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんに対して承認されました。この薬は当初からPD-L1発現が高い人に絞って治験が行われたので、真に効果の得やすい人(PD-L1陽性の人)だけに使われます。一見すると該当者が限られるように思うかもしれませんが、2次治療あるいは3次治療に用いるオプジーボと違って、キイトルーダは治療の最初の段階から使うことができるため、対象者は拡大すると思われます。この新薬の登場で、肺がんの治療成績がさらに上がるのではないかと期待しています。(日経グッデイ等より)
タバコが原因である扁平上皮がんと小細胞がんは、喫煙者の減少と分煙効果により減ってきており、喫煙と関連の薄い腺がんが50%余りを占めているようだ。
高額な薬の薬価が下がり、効果のある使い方をして欲しいものだ。長生きよりも生きている時の健康寿命を伸ばすことを期待したい。