偶に忙しい時は、ランチとして駅の中のそば屋に入ることがある。天ぷらそばでは値が張るが、かけそばやわかめそばでは物足りず「たぬきそば」を注文した。つゆをたっぷり吸った天かすが麺に絡みつき、ちょうどよい満足感がある。ここでふと疑問が湧いてきた。たぬきそばは、かけそばに天かすを入れただけ。それなのになぜ、かけそばよりもおいしいのか?
その答えは、油の持つ力にある。大手製油会社、J―オイルミルズのテクニカルソリューションセンター長によると、油のおいしさには3つの側面がある。1つ目は風味や調味といった味に関わる部分。味をまろやかにするほか、味が持続しやすくなる。2つ目は香り。揚げ物の香ばしさなどを指す。最後は食感だ。なめらかさ、のどごしや、味をまとめる物理的な効果が油にはある。
これら3つのおいしさのうち、味と香りは特に、揚げ物にしたときに分かりやすいという。これらを食べて実証するために、センター長は日本での使用量が多い3種類の油で揚げた天かすを用意してくれた。
最初は菜種油(キャノーラ油とも呼ぶ)で揚げた天かすだ。菜種油の特徴は、あっさりしていること。揚げ物をしているときなどに感じる油っぽいにおいがして、食べ慣れた味が口の中に広がる。菜種油は日本の家庭用油でもっとも使用量が多く、日本植物油協会によると日本で供給される油の4割が菜種油だ。
次はパーム油で揚げたもの。パーム油はアブラヤシの実の果肉を搾ってつくる。一般家庭ではほぼ使わないが、即席麺を揚げる際などに使う意外と身近な油。食べると一番味も香りもないが、油っぽさを感じず、かんだときのザクザクとした食感が印象的だ。
最後に大豆油で揚げたものを食べてみる。菜種油のときより明らかに味がする。砂糖をまぶさないタイプのコーンフレークのような穀物らしい風味が口の中に広がり、飲み込んでも口に味が残った。大豆油はコクがあるようだ。
油のおいしさが一番出ていて揚げ物に適しているのはコクがある大豆油と言われる。確かに、天かすを食べ比べてみて一番おいしかったのは大豆油で揚げたものだった。ただ、大豆油100%だとしつこくなりすぎるため、正確には大豆油に菜種油を混ぜたものがベストのようだ。
油はそれ自体がおいしいだけではない。天かすを天つゆに入れて食べると、入れないときに比べて塩味のカドがとれる。そして味が消えずに口の中に長く残る。これがかけそばとたぬきそばの味わいの違いだ。天かすを入れた方がおいしくなるから、たぬきそばというメニューは一般的になったのだと実感した。
次に油の食感に関わるおいしさを検証してみよう。こちらは、冷たくして食べるとより効果を発揮する。試しに水菜やバナナで作ったスムージーを用意して、一つはオリーブオイルをわずかに入れたもの、もう一つは入れていないものにした。
飲み比べると、オリーブオイル入りのものは水菜の繊維を感じず、圧倒的になめらかなのどごしだ。思わずこっちだけ長い時間ミキサーにかけた様に思うほどだ。実際は1回で作ったものを2つのコップにつぎ分け、一方にだけオリーブオイルを加えたものだが、少しとろみがついた気もする。
最後に、油のおいしさをより実践的に感じるべく東京・日本橋の高級天ぷら店「はやし」に向かった。
いわゆる江戸前の天ぷらはゴマ油で、関西風の天ぷらは綿の実を搾ってできる綿実油で揚げるとされる。一方、その店ではひまわりの種からとれる「ひまわり油」100%で天ぷらを揚げる。しつこくないひまわり油を使っているためか、天ぷら店独特の油のにおいが全くしない。店主は「ひまわり油はあっさりしていて素材のよさをいかせる」と話す。
食べ始める前に色々聞いていたら、「何はともあれ食べてみてよ」と店主。まずは中がレアになるよう揚げたエビだ。さくっとした食感の後に、生だからこそのエビの甘さが存分に感じられる。しっぽの部分はエビの殻を揚げてあるため特に香ばしい。
その後も、キス、しいたけ、ふきのとうなどを食べ進む。油の香りがしすぎることはなく、でもほんのりと風味が加わっているのは揚げ物ならでは。塩をつけて食べても、塩味が突出しない。店主の言葉通り、素材の味が存分に引き出されている。キスはふっくら、しいたけはジューシーに香り高く、ふきのとうはほどよい苦み……といった格好だ。
そして、ひまわり油を使う天ぷら店の特徴が出ていたのがシメだ。ゴマ油を使う天ぷら店のシメは、軽めの天丼やかき揚げ丼の上からだし汁やお茶をかけた「天茶」が一般的だ。しかしひまわり油はあっさり上品すぎて天丼には向かない。このため、その店のシメには天丼などが出てこない。代わりにでてきたのは、特製ふりかけをかけたご飯と香の物だった。
マウスの実験では、一度覚えた油の魅力からは逃れられないことが確かめられている。「油っぽいのは苦手」と話す人も多いが、J―オイルミルズによると「アンケートでは必ず油っぽいものの方が支持率が高い」という。
どうせ油の魅力から逃れられないのなら、揚げ物に大豆油を使うなど、ちょっとこだわってみると油を一層おいしく楽しめそうだ。
尚、一番よく聞く「サラダ油」とは、油には菜種油、大豆油といった原料による違いとは異なる分け方が存在する。よく耳にする「サラダ油」がそれだ。サラダ油とは精製度が高く低温でも固まりにくい食用油を指す。それでは、サラダ油の「サラダ」とはどういう意味か。これは、サラダのドレッシングに使うことができる油を意味する。
揚げ物などでは油を加熱して使う一方、サラダのドレッシングは加熱せずに用いる。砂糖や野菜など油以外の材料が混ぜられており、常温で保存すると傷んでしまうため、開封後は冷蔵庫で保存することも多い。サラダ油なら冷たくしても固まらず、なめらかな舌触りを味わうことができる。
ちなみに、サラダ油ではない食用油は「精製油」とされる。こちらは加熱して用いることが多い。もちろん、サラダ油も揚げ物、いため物など加熱用に使うことができ、日本の家庭用油はほとんどがオールマイティーなサラダ油だ。(日経新聞等より)
関西人の私は、東京に行ったときに戸惑ったのはまずは出汁、いまだ馴染めずだ。それに呼名も違った。大阪でいう「素うどん」は、東京では「かけうどん」。大阪だと「きつね」と言えば、「油揚げが入ったうどん」。「たぬき」と言えば、「油揚げが入ったそば」。但し、京都の一部では、刻んだ油揚げに葛飴を掛けたものを「たぬき」と呼ばれている。
ところが、大阪と同じ調子で「たぬき」と注文すれば、東京では「たぬきそば」と解釈され、天かすが入ったものが出て来て最初は吃驚した。大阪では無料で天かすを提供している店もあるが、大阪では「ハイカラうどん」や「ハイカラそば」と呼ばれている。確かに、天かすや天ぷらを入れたものは、美味しく感じるのは確かなようだ。