将来起こり得るインフレ、円安、増税などに備えるため、海外に移住するという選択もある。ただし、この数年で各国の事情は大きく変わってきているようだ。
かつて資産家の間で流行したのが相続税・贈与税逃れだ。日本では2015年より最高55%の相続税が掛かるが、東南アジアやオセアニア諸国の多くは相続税・贈与税が存在しない。そのため海外口座に送金したり、海外不動産や金融商品を購入して資産を海外に移したりして、海外に居住する相続者(子や孫など)に無税で相続や贈与を考えている人たちもいるようだ。
例えば、買収したオランダ法人に自分の持つ自社株を売却し、オランダ法人の株を香港在住の長男が取得することで、1,330億円の税金逃れを実現させた「武富士事件」が有名だ。ほかにも、息子の妻を出産前に渡米させて生まれた孫に米国籍を取得させ、5億円分の米国債を米国の信託会社に預けて息子の生命保険に転換、満額保険金を米国籍の孫へ分配するというスキームで無税贈与を企んだ中央出版元会長(最高裁で中央出版側が敗訴)が代表例だ。
しかし現在では、「海外を使った相続税ゼロスキームはほとんど使えなくなった」という声があるように、その後の法改正でこうした「抜け穴」は埋められた。現在の相続・贈与税免除の条件は、相続人(貰う側)、被相続人(あげる側)共に5年以上海外に居住しているか、相続人が外国籍かつ被相続人が1年の半分以上を海外に住んでいる必要がある。前者は武富士の、後者は中央出版のスキームを封じた形だ。
親子共に5年以上海外に居住するというのはハードルが高い。外国籍を取得するのは結婚か就労、投資ビザから永住権を取得し、その後に帰化申請するケースが一般的だが、このハードルも世界中で上がっている。親子共に海外で仕事をしているか、住みたくて移住し、結果的に相続税が免除されるのは理想だが、相続税や贈与税を逃れる目的で海外に移住するのは、現実的な選択肢ではなくなってきているようだ。
では海外に出ても資産防衛ができないかといえばそれは違う。1年の半分以上を海外に住んで住所を移せば、居住国に納税することになり、その国の税制が適用されるからだ。
日本の所得税は2015年から最高45%になるが、シンガポールは20%、マレーシアは26%、フィリピンやインドネシアは30%が最高税率である。事業を行っている人は、これらの国に住めば低い所得税で手取りを大きく増やすことができる。
またシンガポールは金融商品や不動産投資のキャピタルゲインに対して無税。法人税は日本34.62%に対してシンガポール17%と半分。高額所得者にとって夢のような国だ。
だが、移住のハードルは異常に高くなっている。シンガポールにはかつて1億円程度の投資で取得できた投資永住権があったが、これは廃止。現行の投資永住権「GIP」の取得には、シンガポールの金融資産に2億円を超える投資と、年間40億円以上の事業売り上げが必要になった。「単なる資産家では駄目で、大手・中堅企業を経営している事業家でないと不可能」なようだ。
それ以外にシンガポールに居住する方法として、2年更新の起業用アントレパスがある。保有資産などの基準は高くないが、経済開発庁に英文ビジネスプランを提出して、認可を得て新会社を設立し、ビジネスできちんと収益を上げていく必要がある。
シンガポールは1人当たり名目GDPが日本の約1.5倍(56,113ドル)、面積が東京都23区ほどしかないシンガポールは家賃も物価も高く、生活費は毎月100万円程度は軽く掛かる。それが全く問題にならないほどの収入がない限り、「高嶺の花」になる。
では、資産運用目的で拠点を構えるのに適した国はどこかと言えば、UAE(アラブ首長国連邦)のドバイ首長国を推す人もいる。
フリーゾーンという特区で会社を設立すると、なんと50年間は法人税がゼロ。人口200万人で約5兆円もの経常黒字があるドバイの投資熱は凄まじく、アフリカや中央アジアで太陽光発電などのビジネスをする人の拠点にも最適。シンガポールほど物価も家賃も高くない。教育にも力を入れており、世界中のヒト・モノ・カネがドバイに集まりつつあるようだ。
一方、リタイア移住向けの国はどこか。多数の国では資産を持つシニアに向けた「リタイアメントビザ」を発給する。期限があっても条件を満たしていれば更新できるため、永住権に準ずるものと考えてよいようだ。
人気のオーストラリア、ニュージーランドにはよく似たリタイアメントビザがある。オーストラリアは55歳以上が対象で、都市部なら約7,000万円の資産と約600万円の年間所得があれば取得できる。ただし、問題は物価。同国の1990年代の1人当たり名目GDPは2万米ドルほどだったが、今や3倍の6万米ドルを超え、世界5位である。「ランチで2,000~3,000円は当たり前。10年以上前に行った旅行の感覚で行くと出費に驚く。年金で生活するのにはコストオーバーだ。だが国債や社債の金利が4~5%あるので、1億円投資すれば400万~500万円が入る。この金利と年金の合算でバランスが取れる人向けとなる。
ニュージーランドのビザは66歳以上の縛りがあるが、オーストラリアより物価が安く、金利は高いので老後の移住にお勧めかもしれない。
欧米でのお勧めは、昔もそうだがスペイン。約7,000万円の不動産の購入で滞在ビザが下り、数度更新すると永住権も申請できる。バルセロナに2,000万~3,000万円の不動産を三つ購入し、二つ貸して家賃収入を得ても良い。環境もよく、パスポートなしでヨーロッパ中に行けるのも良いようだ。
ローコストで豊かな生活ができる国はどこか。アジアで最近もっとも人気が高いのはマレーシア。10年間有効で、更新も可能なMM2Hというビザを発行している。他国のリタイアメントビザと違い年齢制限がなく、アーリーリタイアメントに最適。物価は日本の3分の1程度。美しいビーチリゾートやジャングルリゾート、史跡なども豊富。首都クアラルンプールは大都市に発展しており、治安は日本と同等以上に良いと言われている所だ。
マレーシアで人気急上昇の都市がシンガポールと運河を挟んで対岸に位置するジョホール・バル。マレーシアもシンガポールと同様に海外資産の運用益は非課税なので、MM2Hを取ってジョホール・バルに居住し、シンガポールで資産運用を行う投資家も増えているという。
マレーシアでもう一つ人気なのは親子留学。子どもの教育は、閉鎖的な日本の学校で育てるより、世界に開かれた教育を受けさせたいと思う親が増えてきている。国際バカロレア認定のインターナショナルスクールだと、国際バカロレアは修了すれば世界の多数の大学に無試験で入学できるため、子どもの将来に不安はほとんど感じないと言うことらしい。
昨今は子どもの教育のために海外を選ぶ例が多く、父親が日本で働いて母子が海外の学校に行く「親子留学」も急増している。子どもに国際感覚が身に付いていれば、日本が財政破綻の危機に陥っても、海外にスムーズに移住できると考えているのだろう。
さらにリーズナブルなのはフィリピン。物価も人件費も格安で、年金暮らしに向いている。介護や療養が必要な人や、50歳以上の年金受給者は100万円ちょっとの定期預金でビザが取れる。英語がアジア一上手で、介護、看護のレベルも高い。低予算で手厚い介護や看護を受けながら過ごす余生も良いかもしれない。
どちらにしても、失敗しない海外移住をするためには、自らの資産と収入と各国の制度を照らし合わせて無理のない計画を立てることが重要だが、結局はその国の生活を楽しめるかが最も重要になってくる。だから、いきなり移住をするのではなく、まずは2~3ヵ月の「プチ移住」をして、その国での暮らしを体験してみることをお勧めする。(ダイヤモンド等より)
新しい年を迎えて、楽しく住めそうなあなたの最適な棲家を探すのも良いでしょう。この一年が良い年になることを願っています。