アジア各国・地域を代表する老舗航空会社がもがいている。格安航空会社(LCC)の急速な台頭で価格競争に巻き込まれ、かつての圧倒的な強みが薄れて業績が低迷している。
シンガポール航空はビジネス客の囲い込みに力を注ぐが、中東系航空との競合に直面する。フィリピン航空には、ほかの航空会社から出資を仰ぐとの観測が浮かぶ。アジアのフラッグキャリアは生き残れるのか。
「まずお客様の名前を呼びなさい」。7月下旬、シンガポール航空の訓練センターに叱責の声が響いた。ビジネスクラス担当の客室乗務員向け研修の一コマだ。経験豊富なベテランも緊張のあまり声を震わせた。昨年は客室乗務員の化粧の手引きまで見直し、より自然な印象を与えるような化粧法に切り替えた。
東南アジアを代表するシンガポール航空の2014年3月期の純利益は3.6億シンガポールドル(約300億円)と、過去最高の2007年3月期の約6分の1に沈んでいる。
最大の理由はLCCとの競合。2013年の東南アジア域内路線に占めるLCCのシェア(座席数ベース)は6割弱に達する。2007年の2割強から跳ね上がった。LCCの安値攻勢でシンガポール航空も実質的な料金引き下げを余儀なくされている。
オーストラリアの玄関口、シドニー空港。昨年12月、同航空のラウンジが大きく姿を変えた。ゆったりくつろげる個室を多く設け、高級ワインもそろえる。世界15カ所あるラウンジは順次改装する。予算は2012年時点の総額2千万シンガポールドルから一気に1億シンガポールドルに引き上げた。
ビジネス客強化は同航空の巻き返し策の軸。運賃収入の約4割を占めるファーストクラス、ビジネスクラスは高い運賃を維持しやすい。昨秋に8機導入した新機体では1億5千万シンガポールドルを投じ、ファーストやビジネスの座席を世界最大級の広さにした。視聴できる映画やテレビの番組数は280を超える。
「業績は期待を下回っている」と、香港のキャセイパシフィック航空のジョン・スローサー会長の表情もさえない。競争激化で旅客利用距離当たりの収入が低下しているためだ。
同航空もビジネス客の囲い込みに動く。有名シェフを擁するマンダリン・オリエンタルホテルと提携し、9月から香港―ロンドン線のファーストクラスで特別メニューの提供を始める。
シンガポールと香港はともに域内人口は1千万人に満たないが、それぞれの空港は6億人の東南アジア、13億人超の中国のハブ(拠点)との位置付けだ。ここを経由して米欧へ行き来するビジネス客の取り込みは老舗航空の生命線を握る。
だがハブ空港争いに後れを取り、近距離路線を主体とする国の航空会社は手立てが乏しい。
1941年創業とアジアで最も長い歴史のあるフィリピン航空(PAL)は、中東系航空会社による出資がささやかれている。華人実業家ルシオ・タン氏と複合企業サンミゲルが共同経営するが、LCC大手セブ・パシフィック航空に押され業績不振のためだ。
国有のベトナム航空は燃費効率が高い最新機体の導入資金を捻出するため、株式公開を計画する。国が持つ資本金の25%にあたる株式を年内に売り出し、約4億ドル(約410億円)を調達する青写真を描く。だが市場には「株を買う魅力が乏しい」との声もある。
米欧では2000年代以降、各国のフラッグシップキャリアの経営破綻や合従連衡が続いた。アジアの航空業界に押し寄せる競争の波は、淘汰再編のうねりに変わるかもしれない。(日経新聞等より)
アジアの老舗航空はLCCだけでなく、中東の航空会社との競争にも直面している。中東はアジアと欧州を結ぶ要衝で、両地域に路線を張り巡らすハブ空港の座の確保のため、エミレーツのほか、エティハド航空(UAE)やカタール航空(カタール)は、ショッピング施設やホテルなど拠点空港で乗り継ぎ客向けのインフラを充実させている。英スカイトラックスの2014年航空会社ランキングで、この3社はそろって10位以内に入った。最新機体を積極導入し、高級感ある設備やサービスを売り物にしている。
この中東の3社は、国と関係の深い非上場企業のため財務の詳細は不明だが、あるアジアの航空幹部は「燃料費や空港使用料などで国の支援がある会社には太刀打ちできない」と漏らしている。そして、カンタス航空(オーストラリア)は2013年にエミレーツ航空と提携し、欧州路線の共同運航に乗り出すなど中東勢と手を組む動きも出始めている。PALもANAよりも中東系の航空会社との提携を、模索しているようだ。