伊藤忠商事は、一昨年の2012年12月に生鮮果物とその加工品で知られる米国のドール・フード・カンパニーの買収を発表し、昨年4月に完了させた。その金額は1,569億円、同社にとって史上最高額の買収案件となった。発表から1年余りが経ち、徐々に形を成してきた「伊藤忠ドール」の戦略が見えてきた。
伊藤忠商事(以下、伊藤忠)が買収したのは、ドール・フード・カンパニー(以下、ドール)の全事業のうち、アジア地域におけるバナナやパイナップルをはじめ果物を扱う青果事業、そしてグローバルにおける缶詰などの加工品を扱う加工食品事業。2011年の売り上げ規模は前者が12.9億ドル、後者が12.0億ドルの合わせて24.9億ドル。販売地域・国はアジア、北米、ヨーロッパなど70カ国以上で、従業員数は約3万4000人である。
買収のきっかけは、ドールがアジア展開のパートナーを探していたことから始まった。同社がすでに進出していた日本や韓国の市場は飽和状態で、次に中国をはじめアジアで開拓を進めるには、「自社だけでやる」「国ごとにパートナーと組む」「アジア全域を任せられるパートナーと組む」。おそらくこの3つの方法があったと思われるが、ドールは3つ目の選択肢を取り、その相手として伊藤忠を選んだ。
実は、ドールと伊藤忠には深い関係があり、日本市場向けにドールの果物、加工品を提供する過程に於いて、両者の間には30年来の付き合いがあった。また社風が近く、両者の「ブランド」の重要性に対する考え方でも共感できるところがあったようだ。
買収時に伊藤忠が発表した「伊藤忠ドール」の3本柱がある。①「“美と健康”をコンセプトとした新商品開発」。②「ブランドビジネスのノウハウを生かしたライセンスビジネス」。③「国内農業の活性化」。買収発表から1年余りが経った今の、それぞれ進捗状況は如何なのだろう。
■ 「日本未上陸」の健康系ヒット商品も検討中
3本柱のまずひとつ目、「“美と健康”の新商品開発」。これまでドールとして扱ってきた商品は、バナナやパイナップルの缶詰、フルーツボールなどであったが、これからはその以外に、例えばアメリカには日本ではまだ出ていないドールの「Mrs. May’s」というナッツなどを固めた栄養価の高いクランチ状の食品等があるが、健康カテゴリーに入るような商品は、アジアでも受け入れられるのか慎重に見極めていき、そうした商品ラインナップを増やすことで、すでに飽和市場といわれる日本や韓国などでも収益を拡大していく考えのようだ。
また、新商品に限らず、人口が増加し食の西洋化が進んでいるような中国や中東などの新興国では、従来型の商品も積極的に売っていく。国の所得水準や果物需要等で変化する売り場の状況を鑑みて、市場の攻勢をかけるようだ。
市場攻勢の優先順位を決める際、重要な指標となるのが「インフラ」で、特にコールドチェーン(冷えた流通網)の整備状況のようだ。缶詰などの加工品ならある程度の期間保管したり、時間をかけて運ぶこともできるが、生ものとなるとそうはいかなくなる。収穫後、5日から1週間ぐらいかけて青色から黄色に熟成していくバナナを、安定して全国の小売店に供給できるのはアジアでは日本ぐらいで、韓国でもまだ不十分、中国に至っては沿岸部数十キロ圏内のみとなる。こうしたインフラをドール1社が整備していくことは現実的ではないと思う。逆にインフラが高度化すれば勝機は充分出てくる。
しかし、従来型の商品を売るにあたって、アジアならではの難しさがある。それは、アジアの国々がそもそもフルーツの生産国であり参入障壁があること。フィリピンで作って、船で運ばれてきたドールのバナナが、地場で作られたものに価格を合わせられるのかというと難しく、どうしても富裕層をターゲットとした市場に限定されてしまう。さらに、地場の果物産業を守るためにフィリピンからの輸入を制限している国もある。そうした場合には、地場で生産拠点を作る新たなビジネスモデルが必要になる。そのときには、フィリピンから地場へドールの品種や栽培ノウハウを移植し、フードセーフティ、品質、おいしさなどの点からもドールのクオリティを落とさない努力が不可欠になる。
■ メイド・イン・ジャパンとメイド・バイ・ジャパン
伊藤忠ドールの掲げる2つ目の柱「ライセンスビジネス」は、他社にドールブランドの使用権を付与する事業。これは韓国メーカーが作るヨーグルトで、すでに商品化され、実績がある。この事業では、商品にドールのブランドロゴが使用されるだけでなく、品質管理や時には原材料、製造方法にまで入り込むこともある。消費者は「ドールは果物の会社だから、おいしいフルーツがたくさん入っているものだ」という印象を覚え、売れ行きも好調だという。
最後の「国内農業の活性化」については、日本のイチゴやリンゴなどの果物農家と契約し、できた果物を海外市場に向けて売っていく。ドールが策定する基準を満たした生産者に種や資材、肥料などを提供し、農家には作ることに集中してもらう。出来上がった果物は「メイド・イン・ジャパン」であり、ドールブランドであるため、ほかとそうとう差別化できると考えられている。さらに、日本の高い技術とノウハウを海外の地場の生産地に移植した「メイド・バイ・ジャパン」の加工品を展開することも選択肢のひとつになりうる。日本の農業は、TPPでこれからどうなるかわからないが、日本の農業が産業化され、競争力を持ち、生産者の方々の収入が増えるお手伝いにもなりうるようだ。
ドール社で、よく聞かれるのが「クオリティ」という言葉。これは、米ドール創業者ジェームズ・ドールのモットーが「クオリティ、クオリティ、クオリティ」からのようだ。創業者の思いを、アジアでは日本の伊藤忠ドールが引き継ぎ、「バナナとパイナップルで世界ナンバーワン」を目指すようだ。(東洋経済オンライン等より)
アジアでは、「アセアン2015」が2015年から開始される。これは、アセアン域内の関税をフリーにするもので、農産物だけでなく全ての商品に及ぶようだ。これらの対応のために、自動車メーカー等は色々と対策を進めているが、農業製品に関しては少し遅れているようにみえる。