全体の6割超を占めるようになった共働き世帯にとって生命保険や老後の資金など生活設計に不可欠なのが、配偶者が亡くなった場合の遺族年金の知識だろう。職業や子どもの有無、夫婦のどちらが亡くなるかで大差がある。妻の死亡時の遺族年金は少なく、家計に占める妻の収入の割合が高い場合は要注意だ。
「自分も生命保険に加入したほうがいいのだろうか」。こう話すのは都内の出版社勤務のA子さん(38)。10月末に参加したマネーセミナーで、自分が死んだ場合の遺族年金が少ないと知ったからだ。
共働きの夫は同業で、子どもは6歳の女児1人。住宅ローンの支払いも、死亡時に残高がゼロになる団体信用保険の契約も夫だけだ。「自分が死んでも住宅ローンは残るし、子どもの世話や掃除などで家事代行サービスなどの費用もかさむかも」と心配する。
ファイナンシャルプランナー(FP)の清水香氏は「共働きが増えている中、妻の死亡時の遺族年金が少ないことは家計のリスク」と指摘する。そもそも遺族年金の仕組みはどうなっているのか。
遺族年金は遺族基礎年金と、会社員などに上乗せされる遺族厚生年金に分かれる。ともに遺族の年収が850万円未満であれば、亡くなった人に生計を維持されていたとみなされて受給対象となる。
遺族基礎年金は子がいる年金加入者の全員が対象。子が18歳になった最初の3月末までもらえる。以前は妻死亡時の夫は受給対象外だったが、2014年から対象になった。金額は一律年78万100円で、子1人に年22万4,500円(3人目からは7万4,800円)の加算がある。子1人なら年に約100万円だ。
亡くなるのが夫か妻かで大きく違うのが遺族厚生年金。子がいて夫が死亡した場合(図a)が最も手厚く、妻は再婚しない限り終身でもらえる(65歳以降は妻の厚生年金に振り替わる場合もある)。
金額は死亡時までの平均収入と加入期間に応じて変わる(計算方法は文末参照)。aのケースなら年約44万円だ。遺族基礎年金と合わせると年144万円になる。しかも子が18歳を超えて遺族基礎年金がなくなった時点で妻が40歳を超えていれば、年に59万円の中高齢寡婦加算が65歳まで続く。85歳までの総受給額は4,380万円にもなる。
夫が住宅ローンの団信に入るケースは多く、もし亡くなればローンが無くなる。社会保険労務士の小野猛氏は「会社員の夫の遺族年金の多さを説明すると、生命保険が過剰だったと気づき、減額して家計の見直しにつながるケースも多い」と指摘する。
一方、共働きの妻が亡くなると「夫が遺族厚生年金をもらえるのは妻の死亡時に55歳以上の場合で、受給は原則60歳から」(社会保険労務士の持立美智子氏)。図bの例では対象外だ。子がいれば子に遺族厚生年金が払われるが18歳で終わるので、大学などの教育資金で家計が圧迫されるかもしれない。
共働きの会社員で子がいなければどうか。「夫の死亡時に妻が30歳未満なら遺族厚生年金は5年間で終わる」(持立氏)が、30歳以上で再婚もなければずっともらえる。図cなら総額2,200万円だ。逆に妻の死亡で子がいなくて夫が55歳未満なら、遺族年金はゼロだ(図d)。
会社員の場合、子の有無にかかわらず妻の死亡時の遺族年金は薄い。夫婦が同じような年収で家計を支える状況なら、妻が死亡した場合の影響の方が大きいとも言える。「妻の収入が無くても家計が維持できるか考え、難しいなら妻が生命保険で備えるのも選択肢」(清水氏)だ。
自営業者はどうだろう。子がいれば遺族基礎年金は先の例と同じで配偶者のどちらが亡くなっても受け取れる。ただし遺族厚生年金がない分、総額は小さい。図eのケースでは総額1,000万円だ。
子がいない自営業者は、夫婦のどちらがなくなっても遺族年金はない(図f)。「自営業者は生命保険が手薄すぎると感じることもある」と小野氏は指摘する。特に住宅ローンの団信に夫しか加入していないケースで、共働きの妻が死亡する場合は注意が必要だという。
保険に加入する場合は費用をなるべく抑えたい。例えば妻の死亡後にも残る住宅ローン支払いのため月10万円確保したいとする。一つの選択は収入保障保険だ。
死亡してから満期まで、年金方式で一定の金額が支払われていく仕組み。加入当初の保障総額(月額×満期までの期間)は大きくても、時間の経過とともに保障総額が減るので保険料が比較的安い。インターネット生保で35歳の女性が月10万円の年金が出る収入保障保険に60歳満期で加入すると、保険料は月2,000円前後ですむことが多い。
遺族厚生年金の支給額は亡くなった人の厚生年金の4分の3が原則。50歳未満はねんきん定期便で現時点の加入実績に応じた厚生年金額が分かるので、4分の3にする。一方、50歳以上は60歳まで加入した場合の見込み額を記載している。「いま亡くなれば4分の3をかけた金額よりやや小さい」(小野氏)
支給条件を満たせば加入25年未満でも25年(300カ月)とみなしてくれる。計算式(50歳未満)は1カ月の厚生年金額(定期便の年金額÷加入月数)×300カ月×4分の3。20年(240カ月)加入で年金額が40万円なら、40万円÷240カ月×300カ月×4分の3で、約37万5,000円となる。(日経新聞等より)
3月21日に、労災で配偶者を亡くした場合の遺族補償年金をめぐり、夫だけは55歳以上でないと受給できない規定が憲法違反がどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(山崎敏充裁判長)は、規定は合憲とする初判断を示した。「男女の賃金格差などを踏まえれば、(妻に手厚い)規定に合理性がある」と指摘した。
合憲かどうかが争われたのは、1967年施行の地方公務員災害補償法の規定。妻は年齢を問わずに受け取れるため、妻を亡くした原告の堺市の男性(70)が、法の下の平等を定めた憲法に反するとして提訴していた。
同小法廷は判決理由で、男女間の労働人口の違いや平均賃金の格差、雇用形態の違いを挙げ、「妻の置かれている社会的状況に鑑みれば、妻に年齢の受給要件を定めない規定は合理性を欠くものではない」と判断した。裁判官5人の全員一致。男性の敗訴が確定した。
従って、遺族年金の男女差は合憲とされ、妻死亡時には少ない遺族年金のままとなり、共働き世帯は注意が必要だ。