多忙なビジネスパーソンのなかには週末に“寝だめ”するという人も多いでしょう。睡眠不足は本当に“寝だめ”で解消できるのでしょうか?今回は、睡眠不足が人に与える影響についてです。
“睡眠負債”ってなに?平日に貯まった睡眠不足は、週末にたくさん寝ることで挽回できる?
米国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)の国立心肺血液研究所(National Heart, Lung, and Blood Institute:NHLBI)によると、高齢者を含めて成人は、1日平均7~8時間の睡眠が必要だそうです。
日々の睡眠不足が加算され、その結果蓄積した総睡眠不足時間は、睡眠負債と呼ばれます。例えば、平日に毎晩2時間、睡眠が足りなければ、6日後の週末には10時間の“睡眠負債”を抱えることになります。
では平日に貯まった睡眠不足は、週末にたくさん寝ることで挽回できるかということで、米ペンシルバニア州立大学の研究者らは、30人の健康な成人男女(平均年齢24.7歳、平均BMI23.6)を対象に、13泊の睡眠実験を行いました。
対象者はベースライン(基準値)を作るため、最初の4夜は8時間睡眠で過ごしました。このベースラインに基づき、評価項目の正常な値を設定し、その後の6夜は1日につき6時間睡眠、続く3夜は回復のため1日につき10時間睡眠で過ごしました。これは多くの方が実際に生活しているときの、睡眠負債のモデルパターンになります。
実験は、以下の項目により評価しました。
1.日中の眠気
2.注意力
3.炎症マーカー(血液中インターロイキン6〈IL-6〉の濃度):IL-6の増加は、インスリン抵抗性、心血管疾患、および骨粗鬆症に関連。
4.ストレスホルモン量:コルチゾール(副腎で生成されるステロイドホルモン。ストレスに反応して増加)を測定。
血液検査は、ベースライン期間終了日(実験4日目)、6泊の睡眠制限期間終了日(実験10日目)、そして2泊の回復睡眠期間終了日(実験13日目)に行います。
結果は評価項目によって異なりました。
1.予想通り、6泊の睡眠制限で、参加者の日中の眠気が増加しました。ところが、のちの10時間睡眠で日中の眠気のレベルはベースラインにまで戻りました。
2.炎症マーカー(炎症や組織障害により体内で変動する物質)のIL-6は、6泊の睡眠制限期間中に、著しく増加しました。ところが、回復睡眠のあと、ベースラインレベルに戻りました。
3.ストレスホルモン量(コルチゾールレベル)は、睡眠制限期間中はベースラインから変化がありませんでしたが、10時間睡眠を2泊すると、ベースラインの測定値を下回りました。コルチゾールレベルは睡眠時間が強くかかわります。つまりこの実験が始まった時点ですでに、参加者が寝不足だったことが考えられ、これは正常な睡眠の(睡眠障害などのない)健康な若者が、慢性的に睡眠不足だということを示唆しています。
4.注意力は睡眠制限で著明に悪化しました。しかも、10時間の睡眠でも改善しませんでした。
つまり平日の睡眠負債を返すために、週末に長時間睡眠時間をとっても、私たちの体の機能すべてが回復するわけではないのです。特に注意力や集中力の回復は期待できません。
ただし現段階では、この研究は短期間の睡眠負債の実験なので、長期の影響までは分かっていません。
ところで睡眠の効果とは、本来どのようなものなのでしょうか?ここでは、NHLBIの解説を参考に見直してみたいと思います。
【1】思考力アップ
睡眠は、脳の適切な働きを助けます。これまでの報告で、良い睡眠により学習能力が改善されることが示されています。また問題解決能力、注意力、意思決定、創造性の向上に役立ちます。
【2】気分アップ
睡眠不足だと、感情や行動のコントロールに問題が生じるようになり、うつ病、自殺、および危険な行動につながります。
睡眠不足の子どもや若者は、他人との関係をうまく構築できません。そして衝動的で、気分のむらがあり、怒りや悲しみ、抑うつ状態を感じやすく、モチベーションを欠いています。また注意力が低下し、成績が下がり、ストレスを感じやすくなります。
【3】ヘルシーな血管の維持
睡眠は、心臓や血管の修復や治癒に関与しています。睡眠不足が続くと、心臓病、腎臓病、高血圧、糖尿病、および脳卒中のリスクが増加します。
【4】肥満防止
睡眠不足は、肥満のリスクを高めます。例えば10代の若者を対象にしたある研究では、失われた睡眠の時間ごとに、肥満になる確率が上がることが示されました。ほかの年齢層においても、睡眠不足は、肥満のリスクを高めます。
睡眠は空腹を感じるホルモンのグレリン、満腹を感じるホルモンのレプチンなど、健全なホルモンのバランス維持に役立ちます。睡眠不足だとグレリンのレベルが上がり、レプチンのレベルが下がります。ですから、夜中に仕事をしていて無性にお腹が減る……といったことが起きるのは、カロリーを消費しているからではなく、ホルモンの仕業で、しっかり睡眠をとったときより空腹を感じるのです。
【5】糖尿病予防
睡眠は、血糖値レベルをコントロールするインスリンの反応にも影響します。睡眠不足だと血糖のレベルが正常値より上昇し、糖尿病のリスクが高まります。
【6】健全な成長と発育
睡眠は、健全な成長と発育をサポートします。これは深い眠りが成長ホルモンの放出を増加させ、子どもや若者の正常な成長を促進するからなのです。
成長ホルモンは、子ども、若者や大人の筋肉量を高め、細胞や組織の修復に役立ちます。さらに睡眠は、思春期や生殖能力において大きな役割を果たしています。
【7】免疫力アップ
健康を維持するための免疫システムは、睡眠に依存しています。免疫システムは、外来または有害物質に対して、私たちの体を守る働きをしています。継続的な睡眠不足は、免疫システムに影響します。例えば、かぜなどの一般的な感染症と戦うのにさえ、問題を生じるのです。
【8】効率アップ
睡眠不足は、仕事や学校での生産性を下げます。仕事の時間がかかり、反応が遅れて、間違いが起こります。
【9】事故を減らす
睡眠不足が、マイクロスリープ(瞬間的睡眠)を引き起こす可能性があります。マイクロスリープは、私たちが起きているときに生じますが、コントロールすることはできませんし、認識していない可能性があります。マイクロスリープは、自動車事故の原因として挙げられることが多い過眠症の症状の1つです。
例えばある研究では、睡眠不足で運転することは、飲酒運転と同等もしくはそれ以上に危険だという結果が示されています。ドライバーの眠気により、米国では、毎年約10万件の自動車事故が発生し、約1,500人が死亡していると推定されています。
睡眠不足による影響はドライバーにだけ現れるのではありません。医療従事者やパイロット、学生、弁護士および工場の労働者を含むすべて人々に影響を与え、ときに悲劇的な事故を引き起こします。
以上、いかがでしょうか。睡眠負債をはじめ、まだまだ睡眠に関するミステリーは解明されていないことが多いのですが、質の良い睡眠をしっかりとれば、良い効果が得られることは確かです。お忙しくても睡眠を大切に。(日経グッデイ等より)
“睡眠負債”は、解消を促す“寝だめ”で眠気は戻っても、注意力や集中力は回復しないそうです。毎日の睡眠が大切なようです。