代謝には個人差がある、と聞いたことがある人も多いだろう。スリムな人やよく汗をかく人を見ると「なんとなく代謝がよさそう」と思うが、はたして自分の代謝はどうなのだろう…、代謝を上げる方法はあるのだろうか?と思っている人もいるかもしれない。実際に代謝を測定する装置があるということで、その装置を見に行くと同時に、それを使った研究で分かった代謝アップのコツについて、国立健康・栄養研究所基礎栄養研究部の田中茂穂さんらに話を聞いた。
案内された国立健康・栄養研究所の一室には、6畳ほどの部屋が2つあった。中にはベッド、机、トイレがあり、一見、大学生のワンルームマンションの一室のようだ。部屋のドアは分厚く、外気を遮断した気密室となっている。部屋の前には被験者の状態を見るモニターが並ぶ。この装置全体をヒューマンカロリメーターというそうだ。
これが代謝を測定する装置!
国立健康・栄養研究所にあるヒューマンカロリメーターの様子。ワンルームマンションの一室のよう(写真左)。この部屋にはないが、もう一室ルームランナーを置いてある部屋もある。奥にはトイレがあり、デスクは蓋を開けると流しや洗面台として使えるようになっている(中央)。食事の受渡しは専用の小さな扉を通じて行う(右)など、測定中は一歩も外に出ずに生活できるようになっている。
「この部屋はヒトの日常生活をシミュレーションできるようにしたもので、被験者はこの中で食事をしたり、運動をしたり、眠ったりして日常生活を再現して過ごします」(田中さん)
「私たちは酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しています。この2つの濃度の変化を測定して計算することで、1日あたりのエネルギー消費量や、安静時、睡眠時、運動時などのエネルギー消費量を正確に推定することができるのです。また、利用された糖質、脂質、たんぱく質を推定することもできます」(田中さん)
ふだんは、特殊なマスクをつけて呼気を集めているが、その方法だと長時間の測定や、食事中の測定などは不可能だ。ヒューマンカロリメーターは、部屋中をマスクの中にしたような装置なのだという。
「この装置を使って、8時間の睡眠、30分間×2回の歩行、30分間の掃除、各1時間の座位や立位での安静などの一定の条件下で24時間測定した場合、(基礎代謝量とほぼ同じ値となる)睡眠時代謝量が一定でも、エネルギー消費には1日400kcal程度の個人差が出ることが分かりました」(田中さん)
つまり、日常生活の動きで消費するエネルギー量には、個人差があるということだ。400kcalといえば、コンビニのおにぎりおよそ2個分のカロリーに相当する。この差は一体何から生じるのか。
代謝には基礎代謝、身体活動時代謝、食事誘発性熱産生(DIT)の3種類があり、身体活動時代謝には、「あえて」する運動と、日常動作の2種類がありますが、この調査の運動は日常動作を示している。
◆「座った姿勢」と「立った姿勢」ではエネルギー消費量が10%異なる
「400kcalもの差に大きく影響したのは、立っている時間が多いか、座っている時間が多いかの違いです。この調査では、被験者がやることはある程度決まっていますが、24時間のうちの半分は自由時間です。そのときの過ごし方によって差が出ることが分かりました」(田中さん)
エネルギー消費量は、横になっているのとじっと座っているのでは10%、じっと座っているのとじっと立っているのでも10%違うという。
「座っていると、どうしてもじっとしてしまいます。立っていると姿勢を変えたり、サッと移動しやすい。つまり、立っていると脚やお尻などの大きな筋肉を動かしやすくなるのです。そういった点から、立っている時間が長いとエネルギー消費量が増えると考えられます」(田中さん)
また、「あえて」行う運動についても興味深い調査がある。「連続した運動と断続的な運動の違いを調査したところ、85分の連続した運動よりも、5分運動して25分休むことを17回繰り返したほうが、脂質が多く燃えるという結果が得られました。これは、断続的に運動するほうが、連続して座っている時間が少ないことが関係していると考えられます」(田中さん)
長時間続けて運動すると、その後はゆっくり休んでしまう。一方で、ちょっと運動しては休み、また運動することを繰り返すほうが、結果的には座っている時間が短くなるのだという。
「ずっと座っていると、肥満や糖代謝異常、脂質代謝異常を招きやすくなります。しかし、アメリカで行われた健康・栄養調査のデータを分析したところ、トータルでは同じくらい長く座っていても、その間をブレイクする、つまり、ブツブツ断ち切る人は、肥満や糖代謝異常、脂質代謝異常になりにくく、ウエストを比較すると約4cm小さいことが分かりました」(田中さん)
座っている時間を減らすことが大切だという研究は、現在、海外にも数多くあり、注目を集めている、と田中さん。
「メカニズムは明確になっていませんが、座った姿勢が続くと、細胞のエネルギー源を利用しようとする酵素の働きが抑えられ、眠った状態になってしまうからかもしれないと考えられています。ときどき立ち上がると、酵素の働きを眠らせないため、脂肪燃焼が促されます。また、脂肪燃焼を維持することで、食欲をコントロールできるのではないかともいわれています」(田中さん)
◆座りっぱなしよりこまめに立ったほうが脂肪は燃える
仕事中はパソコンに向かいっぱなし、という人は少なくないだろうが、「理想をいえば10分おき、長くても30分おきに立ってトイレに行ったり、コピーを取りに行ったり、お茶を飲みに行くなどするといいですよ」と田中さん。
最近では、立って仕事ができるデスクなども出てきている。そこまでは導入できないとしても、携帯のアラーム機能などを利用して、座りっぱなしにならないように気を付けてみてはいかがだろうか。
そんなに立ったり座ったりしていては、仕事にならないのでは?とお思いの方もいるだろう。「仕事の効率については研究され始めていますが、少なくとも、“効率が下がっていない”という研究結果があるようです」(田中さん)
立った姿勢で断続的に活動することが、エネルギー消費に有効であることを示す研究はほかにもある。「花王と共同で実施した活動量計を使った調査の話ですが、1日の活動量が最も多いのは、次のどのグループだと思いますか?」と田中さん。
1.男性(仕事あり)
2.女性(仕事あり)
3.女性(仕事なし)
営業職や肉体労働の男性は歩く距離が多そうだし、仕事と家事で忙しい有職女性も動いていそうだな…と思った方は多いだろう。ところが、正解は「だいたい同じ。統計的な差はなし」だという。
・男性は、仕事での活動量は多いが、家事での活動量は少ない。
・女性(仕事あり)は、仕事での活動量は男性より少なく、家事での活動量は仕事なしの女性よりは少ないものの、男性よりは多い。
・女性(仕事なし)は、家事での活動量が多い。
「家事は30分、1時間と連続してやるようなものは少ないですが、家庭の主婦は、10分間洗濯物を干して、15分間掃除して、ちょっと休んで、食事の支度…というように、立った姿勢で、強度が弱い運動を断続的に行っています。歩行量のわりに活動量が多いのです」(田中さん)。つまり、家事はエネルギー消費の面で侮れないということだ。
「家事はすべて妻任せで、家では座りっぱなし」という男性は、スポーツクラブに入会するよりも、家事を頑張ってみてはどうだろう。脂肪が燃えて家庭円満と一石二鳥の結果が得られるかもしれない?!
ヒューマンカロリメーターを用いることにより、長時間のエネルギー消費量が測定できるようになった、ということは前に述べた。この装置を使って、食事の時間とエネルギー消費について調べた研究でも、興味深いことが確認された。全く同じ内容の食事でも、19時に食べる場合、22時に食べる場合、19時と22時に分けて食べる場合では、エネルギー消費量や、食後の血糖値の上がり方やインスリンの出方が異なることが分かったのだ。
研究結果を分かりやすく示した、驚きのグラフを見て見よう。夜遅い夕食はやはり肥満の敵だった!
◆夜遅い夕食だとエネルギー消費量が低くなる
◆遅い夕食だと血糖値やインスリンが高い状態が続きやすい
健常成人男性10名を対象に測定。朝食・昼食を同じ時間にとった後、夕食を「早い夕食」(19時)、「遅い夕食」(22時)、「分食」(19時に約4分の1、残りを22時)の3パターンに分けてとることを10名全員にヒューマンカロリメーター内でやってもらい、測定結果を比較した。就寝時刻はいずれの場合も24時。30thAnnual Scientific Meeting of TOS 2012 San Antonioの学会発表資料より花王基盤研究セクターが作図したものを改変
「19時に夕食をとると就寝までの間に一定のエネルギー消費量を保ちますが、22時に夕食をとるとすぐに就寝することになるため、エネルギー消費量が一気に低下します。この研究では、1日約45kcalの違いとなりました。これは年間約2.3kgの体脂肪増加に相当します。また、遅い夕食は、極端な空腹状態でいきなり食べることで、食後の高血糖や高インスリン状態を引き起こすことも確かめられました」(花王基盤研究セクター高瀬秀人さん)
食事をすると一時的に血糖値が上がるが、正常であれば、食後約2時間以内には正常値に戻る。食事から2時間後の血糖値が140mg/dL以上ある場合を「食後高血糖」というが、この状態が続くと、糖尿病を発病したり、動脈硬化のリスクが高まるので、放置するのはまずい。空腹時血糖が正常だとなかなか見つからないが、食後高血糖は「糖尿病予備軍」といえるのだ。
上の血糖値やインスリンのグラフの数値は食後1時間後のものだが、遅い夕食では、まだかなり血糖値が高い状態が続いていることが分かる。インスリンは血糖値を下げるホルモンなので、インスリンの分泌も高い状態が続いている。
夜遅い時間に夕食を食べると肥満やメタボになるということは、なんとなく理解していた人も多いだろうが、こうして改めて数字で見せられると、「遅い夕食はやめたほうがいい」と素直に思えるはずだ。
とはいっても、仕事の都合で早い夕食は無理、という人も多いだろう。そこで注目なのが分食だ。「分食しても、エネルギー消費量は遅い夕食と変わりませんでした。しかし、食後の血糖値やインスリン分泌は、早い夕食に近いという結果が得られました」(高瀬さん)。つまり、分食すると糖代謝を改善できる可能性が高いのだ。
「分食すると、空腹感が抑えられるため、遅い時間の過食を抑えられるという効果も期待できます」(高瀬さん)
早い夕食が無理な人は、せめて、分食を心がけるといいだろう。残業前におにぎりなどを食べて、帰宅してからおかずを食べるなど、ちょっとした工夫で肥満や糖尿病を防げるかもしれないなら、試してみる価値はあるようだ。
ヒューマンカロリメーターは、代謝を“見える化”する装置だ。代謝アップのために有効なエビデンスデータがますます出てくることを期待したい。
(日経グッデイ等より)
「連続して運動する」より、「細切れに立ち歩く」方が脂肪は燃えるのがよく解ったと思います。バランスの良い食事と適度な運動の他に、こまめに動くようにして健康を維持したいものだ。